とうとう押してしまった……。
自分には無縁と思っていたし、躊躇していた。「登録」の文字を押せないでいた。そしてやっと……。
未だかつて女性と付き合ったことがない俺は、いつも友人や同僚、更には女性社員にまで馬鹿にされていた。
「○○部署のあの人、童貞らしいよ」
「えっ。マジ? あの歳で?」
「ないわー」
彼女たちは、俺に聞こえない声で話しているつもりなのだろうが、残念ながら、俺の耳にはダイレクトに響いていた。
彼女たちは加減を知らない。容赦なく俺を罵倒しているのだ。
当の本人が聞いているとも知らずに。
中学生という多感な時期にクラスメートの女の子に振られて以来、女性に告白する事がトラウマになっていた。女という生き物に臆病になっていた。社会人になれば、そのうち誰かいい人と巡り会えるだろうと期待していた。しかし、その期待も見事に裏切られ、俺はとうとう折れた。
そんな時だった。同僚に「デジカフェ」 を勧められたのは。
正直期待なんかしていなかった。今まで使ったことなんてなかった。それに現実にモテない俺だ。見た目は冴えないし、勉強もそこそこ。収入もたいしてない。そんな俺を気にかけてくれる人なんているのだろうか。
女の子たちのプロフィールを見ては、可愛いなー。と思うだけ。いいねを押すだけの一方的な関係。
「彼女……か」
いつか、俺にも。なんて妄想をしては、「ないな・・・。」と溜息を吐く。
『ぴこん』
ポケットの中でスマートフォンが揺れた。
誰だろう……。
「お!?」
デジカフェ からの通知。
『初めまして。プロフィールを見て、気になっちゃって。あなたさえ良かったら、お話しませんか?』
昼休みに「いいね」した子だった。メッセージくれたということは……。
しかし、こんな可愛い子・・・からかわれてるか、暇つぶしだろうな。
一応、返事を返す。
『初めまして。メッセージありがとうございます。俺で良かったら是非お話させて頂きたく……』
固すぎるだろうか。文字を打つ手を止め、考え、打ち直す。
『初めまして。メッセージありがとう。俺で良かったら』
送信。……少し素っ気ないだろうか。この後どう返せばいいのだろう。スクリーンを睨んだまま悶々としていると、受信トレイに赤いバッジが表示された。
『ありがとう。嬉しいよ!私は、貴方のこと、もっと知りたいです』
彼女からの返信だった。
それから、俺と彼女は、デジカフェ を通して話すようになった。
好きな食べ物に、趣味、休日の過ごし方や仕事の話。嬉しかったこと、悲しかったことも。将来なんかもお互いに語り合い、時間を共有しあった。
彼女は本当に素敵な人だった。
日に日に ”会ってみたい” という気持ちがだんだん俺の中で膨らんでいった。
「よお。どうしたんだよ。そんな顔して・・・?」
昼休憩の間、ラウンジスペースでぼんやりとしていた俺に、同僚のひとりが声をかけた。俺に、デジカフェ を紹介した奴だ。
「……お前かあ。」
スマホをポケットの中に滑り込ませる。
「ん?……なんで隠すんだよ。」
「なんでもねぇよ・・・」
彼は口元に笑みを浮かべ、隣に腰掛けた。
「で? その後アレ使ってみた?」
「んあ?・・・うん・・・。」
「なんか進展あったみたいだな笑」
「会う約束しないのか?」
「ええ!? 無理無理無理!会ったら速攻フラれ……あっ! ちょっと!」
彼は俺の手からスマホを奪い、画面をスクロールする。今、俺のスマホ画面には彼女とのトーク履歴が赤裸々になっていた。
「やべ。かわいいじゃん? デートでも誘ってみれば?」
奴は、からかっているかのような笑みを浮かべた。
まるで「こいつには無理だろうな」っと言っているかのようだった。
「そんな軽く言うなよ。」
「お前ならできるって!」
「そう……かなあ。」
「おう。いけるいける!」
彼は自販機で缶コーヒーを二本買うと、一本を俺に手渡し、背中をポンッと押すように叩き、「がんばれよ」と俺を励ますそぶりをした。
ああ、マジでこの子と付き合ったら、あいつどんな顔するんだろうな・・・会社の女子たちも・・・
会いたい。でも踏みとどまっていた。彼女に断られたら・・・と思うと怖かった。1日に何度もスクリーンを覗き込んだ。彼女とのやりとりは俺の冴えない日常に暖かな安らぎを与えた。
デジカフェ にはデジログという日記機能があり、俺は毎日日記を投稿した。
彼女にもっと自分を知って欲しくて、外見ではない、中身を見て欲しくて・・・
いつか会える日を夢見て・・・